
東京、京都、金沢。この三都の共通項といえば何だかおわかりですか。
答えは、茶器から和菓子にいたる茶事のすべてを賄える地域であること。類い稀な美的感覚で風流な季を慈しむ、北陸の古都。そう、金沢こそ日本を代表する「茶の湯」の名舞台なのです。
金沢の茶の湯。その歴史を遡れば、加賀藩主前田家にたどりつきます。信長や秀吉が茶の湯を愛したように、尾張出身で信長に仕えた藩祖、前田利家もまた茶の湯に深い関心をもちました。天正15年の秋、秀吉の天下統一を祝う「北野大茶湯」では、秀吉の右座で重要な茶会の実務をこなした利家。その師匠には、かの千利休の名もあげられます。また、茶の湯に関して利家以上の功績を果たしたのが、“文化大名”の異名をもつ三代藩主利常です。江戸時代、百万石を誇った加賀藩は、財力があるがゆえ、常に幕府から警戒された存在。そこで利常は、武力をひかえ、文化を奨励することで幕府への忠実をしめしたのです。
利常は、小堀遠州ら高名な茶人を招き、茶道指導にあたらせる一方で、茶席の建築や茶事道具になる美術工芸の育成にも尽力しました。さらに五代藩主綱紀も父利常同様に茶道を奨励。綱紀が招いた裏千家の始祖、千宗室仙叟は、20余年をこの地で過ごし、裏千家の茶の湯の世界を城下にまで広めました。そうして歴代藩主と名だたる茶人らにより極められた、金沢の茶の湯の世界。それは現代においてもまさしく日本の茶の湯の本流といえます。また茶の湯を軸にした陶芸や金工は、やがてこの地の産業として華麗に発展。端麗甘美な和菓子とともに、現在も金沢人の生活に脈々と受け継がれています。
風流の秋。かつて前田家が奨励した茶の湯文化を再現するかのごとく、独特な美的感覚を放つ金沢まいもん寿司の店内。その一角では茶席建築をも連想させる小上がり席が一際の趣を感じさせます。そして秋といえばやはり食欲の季節。日毎数を増すネタの種類。いまが旬の寿司で一期一会の美味を楽しみ、熱い日本茶でしめれば、このうえない風雅な季が満ちるようです。 |