
雪どけのせせらぎが響く春。金沢のまち流れる『犀川』と『浅野川』は、数多くの文人を育んできたことで知られています。中でも犀川が生んだ室生犀星、浅野川が生んだ泉鏡花は、近代文学を代表する金沢出身の二大文豪です。
『菊水川』の雅名をもち、古くは舟運にも利用された犀川。この川のほとりにある雨宝院で育った室生犀星は、大正・昭和に活躍した詩人であり小説家です。婚外子で生後すぐに寺にひきとられた犀星は、雄大な犀川にだけ心を打ち明けるように数々の詩を詠みました。『抒情小曲集』に収録される「美しき川は流れたり そのほとりに我は住みぬ・・・」や、河畔にたつ犀星碑にも刻まれる「杏よ花着け地ぞ早やに輝け」の詩に見られるように、犀川はまさに彼の文学の源泉。自らの筆名に配するほどこの川を愛した犀星は、晩年までくり返しその情景を描き続けました。
一方、友禅流しや茶屋街など古都の情緒を川面に映す浅野川。その浅野川大橋付近には、明治から昭和にかけて多くの秀作を生んだ小説家、泉鏡花の生家があります(現在は記念館がたつ)。幼少期に母を亡くした彼は、特有のロマンチズムと幻想の鏡花文学を形成しました。『義血侠血』『化鳥』など浅野川を舞台にした作品を多く書き、長期小説『由縁の女』の作中では、鏡花はこの川を『女川』と表現しています。穏やかでどこか幻想的な浅野川の情景は、彼にとって母であり、女性を連想させるものだったのかもしれません。後にこの鏡花の女川に対し、犀星を生んだ犀川は『男川』と呼ばれるようになりました。
それぞれの川のせせらぎを子守唄に育った二人の文豪。その異なる作風を生んだ川沿いを歩けば、きっとまた新しい金沢の魅力に出会えます。 |